ご先祖さまと和みを

 盆はうれしや
  別れた人も晴れてこの世に
       会いに来る(小波)
 お盆はご先祖さまのみ霊をお迎えしてご供養する行事とされています。久し
ぶりに集まった家族や親戚のものたちは懇ろに供養し、なつかしい方がたをお
しのびし、ともに過ごした日々の思い出を語り合います。きっとご先祖様にと
っても、心和む楽しいひと時に相違ありません。
 お釈迦様の時代、七月十五日は「自恣(じし)の日」と呼ばれていました。
お弟子さんたちはお釈迦さまを囲み、雨期の間の三ヵ月間の修行の日々を振り
返り、その行いに過ちがなかったかどうか自らを振り返り反省し合ったのです
そして、教えに基づいた善き生き方の決意を強くしたことでしょう。
 昨今、私たちは多様な価値観と忙しさに追われ、「不信と不安」の中にいま
す。お釈迦さまとご先祖さまの願いの前で、静かに生き方を見つめ直したいも
のです

   子どもたちに向きあう

 みなさんの身近な子どもたちは「キャンプ楽しかった?」こう問われたとし
たら、どう答えますか。
 「ふつう・・・」「別に・・・」さらには、「びみょう・・・」
なぜ、口ごもってしまうのでしょうか。理由があります。
 イ、自分の考えが持てない。
 「早く起きなさい」「ご飯食べなさい」「宿題やりなさい」連発される指示
の前で、自分の考えを持ち、判断する練習ができないのです。
 ロ、存在を必死で守っている。
大人たちは平気で、子どもの心に踏み込みます。子どもは、比べられ、軽んぜ
られ、否定されることからその存在を守っているのです。
 今、人と人との関係をつくれない若者が急激に増えています。忙しい毎日で
すが、時には、子どもたちを抱きしめてあげたい。また、時にはゆっくりと向
き合い、「そうか、なるほど、そう考えているのか、さすがだね」と大きくう
なづきたい。子どもたちはどんなに嬉しいでしょうか。

   お彼岸は報恩の時

 お彼岸の月です。時には、仏さまとご先祖様に向かい、心静かに座りたいも
のです。
 うどん供えて、母よ、
  わたくしもいただきまする
 俳人種田山頭火の句です。
 後半生のお寺や友人を訪ねる放浪の旅の日々で詠われました。いつも身につ
けていたものは、わずかな生活用品と風呂敷につつんだ母親のお位牌。食べる
こと、着ること、住むことへの貪りとへつらいを捨てんとする仏道修行者とし
ての姿でありました。
 ある時、一杯のうどんをいただいた山頭火は、おもむろに、母のお位牌を取
り出し、お供え終えて、「母よ、わたくしもいただきまする」と詠んだのです
いただいた恵みを、母に、三世のみ仏に、そして、天地自然に供え得た充足感
が伝わってきます。
 私たちも、いのちを伝え、支え、見守ってくださるたくさんのご縁の深い仏
さまに感謝して、報恩の行持をすすめたいものです。